日本の音楽における宗教観―「スピッツ」を事例に―

「スピッツ」の画像検索結果
この記事は,私が大学のレポートで書いたものを修正して投稿したものです。

 日本において宗教は,例えばイスラム圏やキリスト教圏と比べると,それほど注目されていない。

例えばことわざなどを参照しても,「触らぬ神に祟りなし」「苦しいときの神頼み」など,普段は神様と一定の距離を置いている。

 その一方で,葬儀や婚姻の場において,ごく当たり前に仏教や神道の慣習が取り入れられる一方,異教であるクリスマスやハロウィンを楽しむことに疑問を持つ日本人は殆どいない。

 そうした日本人は,どのように神様を感じ取り,文化として消費しているのだろうか。今回は,音楽と文化人類学という観点からそのことについて考えたい。



 まず,キリスト教圏に目を向けると,賛美歌やゴスペルと言った,宗教に深く関わる音楽ジャンルが存在し,多くの人に受け入れられている。

しかし現代日本においては,神様を称えるような音楽…たとえば,「阿弥陀仏こそ俺のすべて」のような楽曲はほとんど見られないのだ。

 しかし,歌詞の中に,神様やそれに準じた存在を盛り込むアーティストは数多く存在する。そうしたアーティストのなかで,とりわけ宗教色が強いバンドに,「スピッツ」が挙げられる。

 スピッツは1987年に結成され,「空も飛べるはず」「チェリー」などで1995年前後にブレイクした。昨今も2016年に発売されたブルーレイ,
THE GREAT JAMBOREE 2014“FESTIVARENA”日本武道館の売上がそれまでのスピッツ歴代を上回るなど,安定した人気を誇っている。

このことから,スピッツの歌詞は多くの人々の共感を呼ぶものだと考えられる。

そんなスピッツの歌詞から,日本人の宗教観も垣間見てみたい。

まず,スピッツの歌詞の特徴として,「神」「天使」など,宗教的なワードが頻繁に登場することが挙げられる。特徴的な5曲を例示する。

 「死神が遊ぶ岬をめざして 日が昇る頃出かけた」(死神の岬)

 

「幼い微熱を下げられないまま神様の影を恐れて 隠したナイフが似合わない僕をおどけた歌で慰めた」(空も飛べるはず)

 

「悪あがきでも 呼吸しながら 君を乗せていく I need you あえて無料のユートピアも 汚れた靴で通り過ぎるのさ 自力で見つけよう 神様」
「いつかつまずいた時には横にいるからふらつきながら二人で見つけよう神様」(運命の人)

 

「すぐに消えちゃう君が好きで 流れ星 流れ星 本当の神様が同じ顔で僕の窓辺に現れても」(流れ星)

 

歌詞を読み解いていくと,神という存在が第三者的な立ち位置に有ることがわかる。

例えば「空も飛べるはず」において,「神様の影を恐れて」いる自分が描かれる。そして,それを「おどけた歌で慰め」る「君」がいる。

また,サビの「君と出会った奇跡が この胸に溢れてる」から読み取れるように,主題はあくまで自分と相手であり,神様は俯瞰者のような存在で描かれている。

 また,「運命の人」においては,「君は運命の人だから 強く手を握るよ」と「君」を強調したうえで,神様については二番の歌詞「I need you いつか躓いたときには 横にいるから ふらつきながら 二人で見つけよう」という歌詞に続く形で,「神様 神様 神様 君となら このまま このまま このまま 君となら」という歌詞が続く。

このことから,神様は(二人で)「探求する」ものであるという捉え方がなされていると考えられる。

 創唱宗教(キリスト教とかね)においては,神という存在は一つに定義されており,熱心な信仰がなされる傾向にある。

そのため,どちらかと言うと神は黙っていても存在し,人にとって「与える」存在だ。

しかし一方で,日本のような自然宗教では神は無意識下にあり,「神隠し」という言葉にもみられるように,ありとあらゆる場所にいるにも関わらず,どこにも見当たらない「探し求める」存在である。

そうした日本における宗教観が,スピッツの歌詞という場所にあらわれ,それが日本の流行曲という形で世間に消費されている。

 そして,もうひとつスピッツで特徴的な概念が存在する。「輪廻」である。
「タマシイころがせ 虹がかかるころに」(ビー玉)

ビー玉
ビー玉
posted with amazlet at 17.02.11
Universal Music LLC (2012-07-11)
売り上げランキング: 210,088

「君の青い車で海へ行こう 置いてきた何かを見に行こう もう何も恐れないよ そして輪廻の果てへ飛び降りよう 終わりなき夢に落ちていこう 今変わっていくよ」(青い車)

 

「待ちぶせた夢のほとり 驚いた君の瞳 そして僕ら今ここで 生まれ変わるよ」(ロビンソン)

 

「いつかまたこの場所で 君とめぐりあいたい」(チェリー)

 

この輪廻という概念は,日本のみならず,仏教圏の国々に多くみられる。

これは現世での行いによって,来世の生まれ変わる先が決まる,というものだ。

善行を積めば天道や人間道の「良い世界」に生まれ変わり,悪事をはたらくと餓鬼道や修羅道など「悪い世界」に生まれ変わるというものだ。

 一方,一神教であるイスラム教やキリスト教は「楽園で生まれ変わる」という概念であり,逆に宗教の教えに従わなければ地獄行きになる,というものだ。

 このことから,スピッツ,また日本人の宗教観においては,

神は「バックグラウンドの存在」であり,

また人々は死ぬと生まれ変わり「輪廻」する,

といえる。

一神教の「神は絶対的存在」であり,「死んだら楽園で生まれ変わる」「または地獄に落ちる」という宗教観とに比較すると,その違いがみられて興味深い。

どちらが優れているということはないが,神の認識も自由で,認識しないとことも可能であるという点で,日本の宗教のほうが,クリスマスやハロウィンも自国流に受容し消費するなど柔軟性に富み,より平和的な宗教観だといえる。

一方,宗教の持つ精神的な支えという要素は,一神教に比べて薄くなると考えられる。

このことが,それぞれの宗教圏の国民性につながっているのだろうか。今後も機会を見つけて調べてみたい。

醒めない(通常盤)
醒めない(通常盤)
posted with amazlet at 17.02.11
スピッツ
Universal Music =music= (2016-07-27)
売り上げランキング: 441


参考文献
「Memo」http://d.hatena.ne.jp/motoheros/ 
「Miki House」http://sound.jp/mikihouse/ 
青木誠一郎 (編集)『月刊カドカワ』1996年12月 株式会社角川書店